悲しい女たち 2
当例こそまさしく工女虐待の極というべき事例です。
明治35(1902)年8月20日の『時事新報』は概略つぎのような記事を載せています。
まず、はじめに当局の回答を示せば
「両女申立ノ実否ヲ探偵中」で「係ル工女待遇上ノ状況ハ精査中二有之不日御回答及為念申添候也」
・・・という煮えきらない内容のものでした。
記事は、工女虐待の件、埼玉県大宮の機織業金子初五郎(26)、実母マン(50)及び機織頭竹澤宇吉(26)、同黒須元次郎(25)の4名が、雇工女を虐待した件を以て去る6日浦和地方裁判所へ拘引された次第(判決・初五郎は重禁固2年罰金30円等)について、身の毛もよだつ惨状を記しています。
さて、監獄同様の工場は、昼夜の区別なく錠を下していました。
裏木戸も厳重に錠を下し、居宅台所から屋外へ通ずる出口も、2個の錠前を設け、昼間は家人等が交替で勝手座敷の2ヶ所で見張りをし、工女の出入りを警戒していました。
工場の建物は、2棟の平屋造りで、1つは北に向いた奥行3間、間口11間で、その中に19台の機台が据え付けられていました。
他の1棟は東向きで奥行3間、間口7間で機台8台が置かれていました。